2014年11月11日火曜日

ジョギング


ええ、ええ。
私は大の運動嫌いです。

もうね、汗をかく事がいやなんですよ。
ストレッチとかヨガなんかはいいです。
基本的に動きが少ないものならいいです。
スイミングもいいです。
たぶん重力が嫌いなんです。
でも散歩は好きです。

そんな私がジョギングです。
アラサー仲間のオギとジョギングです。
汗だっくだくになりました。


私は前日のメールで「ジョギングは嫌だからウォーキングにしようよ」と言ったのに、
結局走ることになりました。
1kmって行ったのに、結局2km走りました。
ジョギング用の靴じゃないのに、石畳の歩道を走ったもんだから
皮が薄い私の足の裏はかわいそうな事になりました。
もう!
大自然!

私たちが行ったのは、私の住んでいるバンドンの中心地からバイクで10分ほどの自然公園。Taman Hutan Raya.(多分。)
入場料はRp. 11.000,で、100円くらいです。
チケットはいつもぐしゃぐしゃになる人です。
すっごい大きいところで、3時間くらいいましたが一番奥にある滝までたどり着けず。
中国のPM2.5がうんたら言っていますが
データを公表していないバンドンは、どれだけやばい大気汚染なのか分かりません。
でもここは、空気も綺麗で、非常に快適なところ。

顔はいつまでも若いですが
オギももう背中がおっさんです。
途中、鹿公園もあって、
雑草をちぎっては鹿さんにあげていました。
かわいい。
しか!
日本のよりも顔が野性的です。
32歳、鹿に雑草をあげる。
27歳のアラサーもひらすらあげました。

小学校だか中学校だかの時に、奈良へ修学旅行に言った時
鹿の角には血管が通っているので、夏は「皮膚」の状態になっている。
でも冬になると血がかよわなくなるので「爪」のような状態になります。
だから、冬に角を切るんですよー(観光客がケガしないように)
と言っていたのですが
年中真夏のネシアでは、鹿は角切れないな?
と思ったものの
あまり角がガッツリ生えている鹿さんはいませんでした。

これから暇を見つけては、オギとここで運動する予定。
アラサー仲間です。
頑張ります。

ここには旧日本軍が
インドネシアを占拠していた時につかっていた洞窟もあります。
捕虜収容所もあったらしいです。
怖くてあまり中まで入ってませんが。
こちらはもっと大規模なオランダの方の洞窟です。
Goa Belanda.

ビビる暗さです。


2014年11月10日月曜日

口を見る

この話は、ネシアに来てからしばらくして
そう、言語がなんなのかっていうものが少し分かって来たように思った頃に感じていたことで
なぜか、私はこれを書くタイミングをずっと逃していたので
今日、書く。


英語の発音 に限らず、
日本語以外の言語のほとんどがそうだと思うのだけれど
日本人の英語が通じない理由の1つが、まず発音。
この発音について、きっと頭のいい人や、勉強効率のいい人ならば
本かなにかで発音の仕方を学んだのだと思うのだけれど
私は、子どもが親から学ぶように
友達の発音をまねして、時間をかけて覚えていったので
ある、ひとつのことに気がついた。
それは、英語が話せない日本人が絶対にやっていないことだった。
そして至極簡単な事だった。

それが、 口をみる こと。

日本語を教えて、って言ってくる子に対して、私が何か発音すると
必ずみんな私の口の動きを見る。
コレに気がついたのは、こっちに来てから何ヶ月も経ってからだった。
これに気がついた時、衝撃だった。
だって、日本人の場合、私もそうだったけど、
一生懸命聞こうとして、目を閉じる。

これに気がついてから、私の勉強方法が変わったのを覚えている。
たとえば ン にしか聞こえない発音も
インドネシア語の場合は、 N と NG がある。
だから、発音を聞いて、これをメモする。
私の住んでいる街、バンドン。
Bandungは、最後がngなので、nの発音とは違う。
Bandunではない。
この時、耳で一生懸命聞こうとしても、nとngが同じにしか聞こえない日本人の耳が
この違いを聞き取るのは非常に困難なので、口元を見ると
なるほど、舌が上顎にくっついてない。
つまり、Bandungなのだ。

逆に、日本人に、インドネシア語の発音を説明すると
日本人は必ず、私の目を見る。もしくは、耳を私の口の近くに寄せる。
一生懸命聞こうとしているのが、逆効果である。

つまり、そもそも
日本人には発音を知る為に、口元を見る という習慣、というか
そういう勉強方法を教わっていない。
そして、日本語の発音を教えようとしても、最初の頃、発音が説明できなかった。
だって、日本語の発音の仕方なんて、習った記憶がないんだもの。
にんじんを発音するのに、NI N JINではなく、NINJINGと発音しているということに
気がついている人は少ない。

これが分かってからは、たぶん発音はぐっと良くなったと思う。
THの発音も、自分が意識して、わざとらしくでもベロを歯で噛むように発音していると
SとTHの違いもなんとなく分かってくる。


ネシア語が話せるようになってきてからは
もう全然英語なんて使わなくなっちゃったので、どんどん退化してきていますが
発音は、少しずつ分かって来たみたいなんです。

私が思うに
耳で違いを一生懸命理解するよりも
目で口の動きを確認したほうが絶対に近道だと思う。
きっと色んな人が発見しているであろうことなのでしょうが
あまりこのことを書いているのを見た事がなかったので
エラソーにも、ここに書いてみたのです。

そうなんです、口を見るのです。

2014年11月6日木曜日

死の匂い


いつも良くしてくれている助手の1人が てんかん患者 だということを知りました。

先月かな、オーストラリアから学生がワークショップをしに
2週間ほどITBに来ていたのですが
その時、ITBで対応するはずの先生がワークショップ中まるまる抜けるというようなことがあって(インドネシアではよくあること)
助手である彼がほとんどすべてを対応していました。

ものすごいストレスに強い人だな
と元々感じていたのだけど、
今思えばストレスに強いのではなくて、ストレスを溜めない努力をしていたのだと思う。

ワークショップを残り2日残して、
あまりのストレスに耐えきれず、発作が出て学校に来れなくなった。
それから1週間半が経ち、学校にほとんど来れていない状況でした。
今は、前のようにほぼ毎日学校に来ているのですが
まだ病院に通院したり、
早めに帰って休むようにしているみたいです。

彼が てんかん患者 であることは、私以外は皆知っていたらしい。
ストレスが溜まると痙攣を起こして倒れてしまうそうで
毎日飲んでいた薬は、てんかんの薬だったそうです。


彼がツラい身体を無理矢理起こして学校に来た時にこんな話をしてくれました。
「死と生の間を行き来したみたいだ。思い出が走馬灯のようになって流れた。
でも、アッラーが出て来て僕の背中を押したの。そしたら目が覚めた。」
それからはずっとイスラミックな話だったので
私は正直よく分からない部分の方が多かったのだけれど
聞いていてすごくツラかった。

死と信仰の関係 を考えたりした。

てんかんの発作を止める薬というのは
自殺願望を引き起こす作用があることで知られているそうで
それでも薬を飲まないといけない。
彼はなんどもそれと戦わなければならなかったらしい。
この前は1日に6度も痙攣を起こしたと言っていた。
なんでもなく話す彼と
それをなんでもなく聞く周りの子の図が
すごくつらく見えたのです。

話している間、彼は何度も
「人は hoping があるから生きて行ける」
ということを言いました。
彼は、病院のドクターだけでなく
パハジ(Bapak haji)という、簡単にいうとイスラム教マスターみたいな人に
相談しに行ったりしたそうです。
科学的な治療と、宗教的な方面からの精神的治療をしてもらっているということです。

私のネシアの友達には
統合失調症とか、鬱病の子とかが結構います。
彼らは大抵お金持ちの子で、
だからこそこういったネシアでは特殊な病名を知る知識が得られる環境にいるしちゃんと治療を受けられるんですけど
学校での彼らと、二人きりになった時に話してくれる色々なことというのは全然違くて
いつも、二人きりの時は死の匂いを感じるのです。

わたしは、コーランで何故自殺が禁じられているかが分かった気がしました。


この前、ITBの先生の1人が亡くなって
その日、お葬式前夜の式典のようなものに連れられて行きました。
ネシアで初めてのお葬式でした。
私はその先生と面識がないので、
ツラい というような気持ちは全くなかったのですが
目の前にある、
1メートルにも満たない距離にある
白い布に包まれて、
木の棒と布で作られた担架の上に乗せられた
それが
死んだ人であるということを
なんだか不思議に思いました。
箱であるとか 彼とわたしの間に空間的な仕切りが無いのは
なんだか怖いなと思いました。
生と死の間に仕切りが無い事が怖いと感じたのだと思います。


病気であるとか
死であるとか
宗教であるとか
そういうものがインドネシアという国を
インドネシア人という人々をキラキラと見せて居るのだな
と思いました。


発展途上国に住んでいる人は、人間が暖かいよね
というような言葉をよく聞きますが
なぜ暖かいのかを知ってしまった気がします。

2014年11月3日月曜日

アンティーク天国


前々から行こうよ!と言われていてずっと機会を逃していた
CIKAPUNDUNG(チカプンドゥン)。

ここにはいつもお世話になっているロイムさんのアトリエがあるよってことで
たまたまタイミングもよかったので
二人でチャリンコに乗って行ってきました。

わたしは、街の一角に小さなアトリエ兼ギャラリーがポツネンと建っているのを想像していたのですが
着いたのはなにやら廃墟のようなビル。
チャリンコごとエレベーターに乗って3階へ。
チーン!(本当にチーン!っていう昔のタイプのエレベーター)

エレベーターのドアが開くと、そこは
なんというか、
天国だった!

廃墟ビルのような建物の中には小さなテナントがひしめいていて
さながら中野ブロードウェイ!

超テンションあがる!ヤバい、超天国!

行ったのが夜の9時頃だったので、お店の大半は閉まっていたのですが
それでもガラス越しに見える店内の商品とか
まだいくつか空いているお店だとかから見える
アンティークの品々。
それがね、もう、たまらなくいいのですよ。

日本でこういうアンティークの商品が見れるようなお店は
一見さんお断りなお店が多いので入る機会がないのですが
ここでは皆が買わない私に色々説明してくれるし
本当に楽しい。

アンティークの商品も、
いかにもネシア的に雑に汚く飾ってあるんじゃなくて
本当に大切にされて展示されている感じがすごく素敵なのです。
日本人も買い付けに来る事があるらしく
そこには価値のありそうなものから
本当にガラクタまであって
でも私には宝箱のようなところでした。
ネシアはオランダの植民地だったり
日本に占拠されていた歴史があるので
オランダの古い品であるとか、日本のものもありますし
超ワクワクしました。

アンティークルーム!

この写真じゃ伝わりませんが
こういう風にテナントがいくつも連なった通路が
迷路みたいに何本もあります。

このワクワク感っていったらもう!
廊下には古いテレビがゴロっと転がっていたりします。
ホコリをびっしりかぶった鞄とか
大鍋まで売っています
手前がいつもお世話になっているロイムさん。
オランダ人が発行した
世界美術史の本を手にしています。
なんだと思います?
本物かどうかは知りませんが
1976年11月16日に発行された
インドネシアのパスポートに記載された移住VISAです。
76年といったら私生まれてないですよ。
キャンドルスタンド!!
かわいすぎる!
あたまにある二つの突起にろうそくをたてます。
こんな顔してろうそく支えてくれていたら
私は毎日でもろうそくを使っちゃいます
どこの国のでしょうね。
大きさ的に公共の場にある電話のように見えますが
お金を入れる所がないので
違うかな。


購入されて
ダンボールにくるまれて出荷待ちのイスたち。
魅惑の振り子時計
たぶん手前のが美容院のイスで
両脇が歯医者のイスなんじゃないかという
私とロイムの結論
バグース!
すっごく可愛くて欲しかったコーヒーのミル。
壁に固定して使うようですが
ものすっごい使いづらそう。
お値段は27,000円。
高ぇ~
書斎のようなレイアウトがキュンときます。
全部売り物です。
トイレの看板はホイールに挟まれてました
ジョグジャカルタのお土産だったものでしょうか。
キーホルダー。
キーホルダーって絶対にゴミになるのに
たまに買ってしまうんですよね。
なんなんでしょう。
三重の田舎のばあちゃん家にいったら
ばーちゃんが引き出し3段分のキーホルダーコレクションしていたので
血筋かもしれません。
体中にアラビア語を携える
何か……何かの動物…動物?
目的が不透明なわりにはすっげぇでかくて
お店に入りきらないので外で待機。
看板娘。
謎の陶器の鳥さん。
目元がチャーミングです。
ケネディ夫妻(だよね?)のスナップの横に
不自然に直立する自由の女神。

丸善の読者カードなんてものまで売っていました。
活版印刷です。

こんなものたちに囲まれて住みたい。

ここは3階で、3階がアンティークを中心にした階で
2階はエレクトロニクスの階です。(時間的に全部閉まっていましたが)
3階は、アンティークな商品を扱っているのですが
ロイムさんみたいに、アトリエ兼ギャラリーにしていたり
工房として使っている店舗もあって、それはもう楽しいのです。
売れないアーティストたちがこの廃墟で、一ヶ月3000円払って、滞納して(笑)
ここに夜な夜な集っているのです。
お香を炊いて、なぜか上半身裸で
すっごいへたくそな油絵を書いている画家とか
そういう空気感がやはり昭和を感じさせます。

売れないアーティスト、ダフィッド氏(友達)のアトリエ兼ギャラリー。
ダフィッドの作る作品は
本人に似合わず(失礼)すっごいキュートなんです。
私は彼の作品は大好きで
日本で活動したらイラストレーターとして売れそうなのにな
といつも思っています。
彼が作った木の小物たち。

かわいいキャラクターたちがお店のガラスから覗いています。

ちらっ

コーヒーを頼むと
マッチョなおじさんが作って運んで来てくれます
うでがごっつい。
コーヒーは砂糖がこれでもか!というくらい入っていて
でもそれにまけないコーヒーの美味さ。
ここは宝石を扱っているお店で
天然石を指輪に加工したりしています。
アメジストを観察。
普通の商売と平行してこんなこともやっています。
石の模様を切り出して、
風景画だったり肖像画だったりという風に見える部分を探して
それをアクセサリーにして売ったりとかもしているみたいです。
上の二つも、女の人の胸から上の絵に見えるっていうことらしいです。

こんな風に板から探すみたいです。
ひとつプレゼントしてくれました。
これは、
「Mummy(ミイラ)が横向いているみたいにみえる」
のだそうで。(笑)

これが結構マイナーな分野ではないらしく
コレ専門の雑誌まで出ていました。
私は初めて知りましたが。

ロイム氏のアトリエの一角。
作ったばかりという
すーぱー立て付けの悪い引き出しは
カラフルでかわいい。

ロイムの版画。
アーツアンドクラフツ運動をもじったと思われる
アーツアンドドラッグ。
ロイムはまじでめっちゃくちゃ絵が上手いので
尊敬していますが、たまにこういう変なのを作る。笑


食堂にあったお花。
ジャスミンの家族で、ジャスミンの匂いがします。
夜に開くお花だそうで
夜中の1時頃になるといい匂いがあたりに漂うのだそう。

これも食堂にいたお魚。
びっくりするほど真っ直ぐな体です。


 てなわけで、アンティーク天国でした。

私はこれからしばらくはここに入り浸りそうな予感です。



2014年11月1日土曜日

ダーウィンの進化論


ITB大学の学生は
もう既に何十人もの学生が
日本の政府から莫大な金額の奨学金を得て日本へ留学しているので
余ったお金でそりゃあもう何度もインドネシアへ遊びに帰って来るので
会う機会がよくあります。

彼らの多くは日本のインターナショナルクラスに在籍しているので、
必ずしも日本語を習得している必要はないためほとんどは日本語が話せません。
それでも日本語しか話されないクラスはいくつかあるそう。
日本に行ったばかりのうちの1人で
始まって一ヶ月も経たないうちに一時帰国した子が
「日本語がわからん」
といって、先生からもらったらしいパワポのデータを見せて来て
教えて欲しいと言って来た。

この子は本当に聡明な女の子で、
そして敬虔なイスラム教徒でもある女の子。
すごく気さくで、一緒に遊んだりはしたことないけれど
時間があえば一緒にご飯を食べたり、お茶をしたり、家まで送ってもらったりする。

その子がもってきたパワポのデータは
自然人間学というもので
日本語がわかっても、
講義も聞いてないのにパワーポイントみただけでは
日本人だからといって私も全然分からなかった。
分かるものだけを説明している時に
「人間は動物の中でも発汗によって体温調節する機能がすぐれている」
というような文章を説明していた時に
ものすごく怪訝な顔をした。

「動物?」
「うん、人間って動物じゃん」
「えっ!?」

と、いう会話になる。
動物じゃん
と言った所で、私自身、 あっ となったのだけれど
彼女の反応を見るに、
これは宗教からくるものなのか、それともインドネシアの教育からくるものなのかが分かりかねたので
とりあえず

「えっと、少なくとも日本では、人間というのは動物だという考えをするんだよ。」
というふうに遠回りに説明をした後に
「インドネシアではどう捉える?」
と聞くと、かなり戸惑いながら
「インドネシアではというか、イスラム教では人間は土から作られたって考えてるから…」
というので、私もコーランにそんな文章そういえばあったなと思い出す。


土を練って人の形に作り上げたものに
精液を一滴垂らしてヒトにする



そういったような文があった。

「ともかく、この自然人間学がどういうものなのかよく知らないけど、
日本人の一般的な考えとしては
アウストラロピテクスから分岐してからこうして ヒト になっていった
って多くの人が思ってると思うよ。
アウストラロピテクス、日本語では”猿人”って言って”猿な人”っていう意味だし」

猿人を辞書で調べると
ape-man
だそうで、
「うん、ほら、日本語だけじゃなくて英語でもape(猿)man(人)だから
日本だけじゃなくて、サイエンスなんじゃないかな~~(フワーッとした説明)」

と、占めておいた。

普段はガンガン宗教ネタに突っ込んで行く私ですが
彼女はこの上なく珍しい程ストイックなイスラム教徒なので
これ以上は彼女の宗教性に深く関わりすぎるのはよくないと思い
まあ、ともかく人間の成り立ちっていうのは「サイエンス的」にはこうだから
そんなかんじで!!(触らぬ神に祟りなし)

と、適当に終わらせておいた。



アメリカ人の約半数がダーウィンの進化論を信じていないというのはよく聞く話だけど
イスラム教のそれはあまり意識したことがなかった。
アメリカにおけるキリスト教も
ネシアにおけるイスラム教も
本当に進化論を信じていないというよりは、”表向き”そういうことにしてあるという
部分があると思うけれど
そもそもそんな表向き宗教観と、科学としての事実を2つ持たないと行けないこと自体が
すごく面倒くせぇぇと思ってしまう訳です。


いずれにせよこれからこの聡明なイスラム教徒の彼女が
「人の先祖はサルです!」という授業を受ける事は
ひどく苦痛なんじゃないだろうか。



この前読んだネットの記事で
チンパンジーの研究をしている松沢哲郎氏へのインタビューで
まさしくこの話題に直結することが書いてあった。
出来事が起きた順番としては、このインタビューを読んだ後に
上に書いた彼女との「ヒトはサルかどうか」の話が起こったので
私の頭の中ではこの時のインタビューがダイレクトに理解できたのです。

エナゴ : トップ研究者インタビュー 松沢哲郎
http://www.enago.jp/drmatsuzawa/

たとえば、私は日本にいる限り毎日アイやアユムと過ごし、一緒に暮らす中から発見をつむぎ出していきますが、欧米の研究者から見ると、異様なほどチンパンジーとの距離の近い、チンパンジーに溶け込んでいくような研究者だと思われているでしょう。欧米のキリスト教的価値観で言うと、チンパンジーは黒くて大き なサル以外の何物でもないんですよ。どうにもならないほどはっきりと、「人間と動物」という二分法がある。一方で、輪廻転生も受け入れられる日本人的な生 命観では、自分は犬にもなるだろうし虫にもなるだろう、でもその虫が来世で人間になることもあるだろう、だから人間と動物を峻別する必要はなくて、実際に人間だって動物だし、生きとし生けるものの命がつながっているということを、比較的自然に受け入れられますよね。



松沢氏は、
日本人としてのメンタリティや価値観が日本の研究をユニークでオリジナルなものにしている
としていて、すんごく納得してしまった。




私は昔から
「新しい情報(今回でいうと松沢氏の記事)」
が入った後に、実際にそれを裏付ける
「体験(イスラム教の彼女の発言)」
が数日のズレをもって起こる事が多くて
「おお、これか!」
と、まさしく実体験として身に付く事が多いのですが
なんだかあまりにもタイミングがよすぎて運命めいていて
故に、私は運命論者なのであります。(もう何が言いたいのかわからん)


2014年10月26日日曜日

産業革命と切手


実は今中間試験週間でして。
元々宿題が凄まじい量がでるのに、
中間テストということでここ3週間くらいレポートばっかり書いてます。
大量の情報をブラウザで開いていて
マックをシステム終了せずにフル稼働させているのでご機嫌を損ねないかが心配。
先週あたりはマックを開いたまま
私が何時間もスリープ(言葉の通り)してたりしていました。


レポートとか論文書くのは
文章書くのが好きなので、苦手分野ではないのですが
それはあくまで 日本語なら の話で
まー引用の仕方とか、注釈の書き方が全然違う訳で
論文書くよりも先にそっちをカンペキにしないといけないので大変です。
ルールから全部まるっきり違うわけですから
日本語という言語がいかに特殊な言語であるかがよくわかります。


ブログなんて書いてる場合じゃないんですけど息抜きに。


27日と28日までにレポート仕上げないといけないのが
・産業革命(日本語ver完成、ネシア語verはintroductionのみ完成)
・フェティシズムについて(日本語verのみ完成)
・デザインとライフスタイルについて(テーマさえ全く手を付けていない)
の3つなんですけど。

産業革命についてのレポートを書く為にいろいろネットを徘徊して産業革命についてのネタ集めをしていた時。

産業革命がイギリスから始まって、世界に広がって行った訳ですが
そんなイギリスの繁栄ぶりは、時間と経度で見て取れると。
時間の標準時が定められたのが、イギリスの旧グリニッジ天文台を中心にしていて
地球上の東西の中心、経度もここが0°としてあるのは
産業革命によって世界経済の覇権を握るようになったからだ。
というのを読んで
へ~~
となっていたのですが、
私的に気になったのはこちらではなく、
次の記事。


イギリスの切手には国名が書かれていない。


なんやて!

それは、世界の中心なので、国名を記す必要がないという感覚から来ている

ということらしい。
なんやて!

さっそく家にある、色々な国からきた30枚ほどあるポストカードを引っ張りだして来て
国名が書かれていないものだけを取り出してみた。

そしたら
エディンバラからと
ダブリンからのものだけ。

マジだ!!!!!!!
すげぇ!!!

あのアメリカ様でさえ、ちゃんとUSAとかAMERICAと書いてあるのに
イギリス、そしてアイルランドの切手にはそれが書いてない。
(少なくとも私の手元にあるものには。)
そこに書かれているのは金額らしき数字だけである。

さすが大英帝国様である。

遠い昔の産業革命の影響をポストカードに感じ
なんだかしみじみとしてしまいました。

↓検証↓
郵便のすすめ
世界の切手
世界の切手2


産業革命とは全く関係ないのですが、珍しい切手という意味で
無額面切手
というものもあるそうです。
これは、

無額面切手(むがくめんきって)とは、郵便料金として使える金額、すなわち額面が書かれていない切手のことである。最初は郵便料金改定の決定が間に合わないことを予想し、見切り発車的に印刷されたために生じたが、現在では基本料金などの郵便料金に使用できることを永久保証して発行される場合が多い。そのため永久保証切手とも呼ばれている。日本では発行されたことは無い。 ーwikipedia


継続的に発行した最初の国はアメリカだそうで。
確かにアメリカからくるポストカードに、額面がかかれていないものは見た事があります。上の記事に出てくる地球の形をした切手とかこのブログでもとりあげましたけど、こういう種類の切手であると初めて知りました。上の理由ではなく、中国ではひどいインフレのせいでこういう自体になったことがあるらしいです。

特定の郵便料金に対し永久保証する無額面切手が世界各国で発行されるようになった。これはインフレーションの激しい国では郵便料金の改訂が多いた め、たとえ料金が変わっても普通切手を新規に発行すると経費がかかるうえに、在庫の切手が売りさばけなくなって切手が無駄になるなどの欠点を克服できると いう、コスト面からみて有利であるためである。 -Wikipedia


切手って意外に、経済と深く関わってるんですね。

最近、国際返信切手券なるものの存在も初めて知りました。
まあこれはコレ自体を切手として使えるわけではなくて、いわゆるトラベラーズチェックの切手版のようなものなのですが
加盟国ならどこからでも使えるらしいです。



……さ、論文書くかな。

2014年10月25日土曜日

許可証


研究室で勉強していたら
研究室の事務のハナンさんが、書類ファイルをもってきた。
「クロ、これ、学部からだよ」
インドネシアで一般的に使われている紙製の書類ファイルの表紙には何も書かれてない。
「え、私に?これなんですか?」
「わかんない」

私宛にファイルに挟まれた書類が来るという事は
なんだか重要なお知らせだろうか。

書類ファイルの中には
一枚の紙。


SEPADA BARU EUI!

私は一瞬訳が分からなくなった後
うそ、まさか。と思った。
部屋を見渡すと、今まで居た助手陣がいつのまにかみんな居なくなっていた。

その直後、みんなが口ずさむなんだかおめでたそうなメロディーと共に
オギとディディと、新しく助手になったウフィとリスファン。
と、
自転車。


SEPADA BARU EUI!
新しい自転車、イエイ!




私は、2週間前に自転車を盗まれました。
その自転車は、
私がまだ全然言葉も喋れなくて
アンコットも乗りこなせなかった時、
ひとりでは何も出来なかった時に
大切な友達が一緒に買いに行ってくれたものだった。


新しい家の外にある門と、家のドアの間のスペースに鍵をかけて置いていたのだけど
大家の娘が家に居る時に門を閉めるのを横着していて
その間に盗まれた。
彼女を責めたいという自分と
自転車の思い出と
実質的な金額の問題と
そういうものがせめぎあって、それでもそういう気持ちを体の外に出る一歩手前で
無理矢理押さえつけていた。
でないと、インドネシアという外国そのものが本当に嫌になってしまうから。

ただ、
「先週自転車盗まれちゃったんだ。」
と、いうことだけを仲のいい子に言っていた。
今までだったら
「盗まれちゃった」
の後に
「日本だったら絶対盗まれないのに」
という言葉がついたに違いないのだけど
誰に望まれたわけでもなく、私が1人で勝手にこの国に来て
勝手にこの国に住んでいるのだから
そういうことは言わないと、前に決めていた。

警察に言った所で、自転車にナンバーが貼ってある訳でもないし
100万分の1の可能性でもし見つかったとしても
警察に賄賂を支払って自分の自転車を取り戻すしかない。
そういう国なのだ。
自転車が盗まれてから、全部が批判的な目線で見えて来て
そうなってしまうとどんどんとこの国そのものが嫌になっていくので
心の中で
「Tetapi, aku masih hidup.」
それでもまだ生きてる。
と思って毎日を過ごしていた。
命があれば、なんでもいいや。と思うようにした。

諦めようと頑張っていた。

たかが自転車くらいで何をおおげさな

思われるかもしれませんが
外国に住むという事はそういうことなのです。と、私は思います。
いかに信じる事が出来るか。
いかに信じられるものや人がいるか、なのです。
同時に、
いかに信じてもらえるか、も
ひどく大切なことなのです。


そしたら、助手の皆と
今日本に留学している助手の皆が
自転車を買ってくれた。

涙が止まらなかった。


これからランプ買って、鍵を買って
たくさんメンテして
私の自転車になっていく。

この自転車は、私が
この地に居ていいんだよ
というみんなからの許可証のように思えるのです。


すごく、すごく、嬉しかった。

オギ
パンダ
ディディ
リスファン
ベベック
アデル
ラディット
ウフィ
アユ
ミア
メイ
ペイウェイ
リティア

ありがとう。

ウフィとディディとオギとリスファン。

新しいチャリンコ。

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