2014年2月4日火曜日
エアメールの書き方
エアメールネタは結構書いてるのですが
あまり海外に手紙を送った事が無い友達が多いらしく
未だに結構聞かれたりするので、ここでちょっとご紹介しておきます。
日本の郵便事情は世界でも最高レベルに高いので
日本→日本はもちろんのこと、
海外→日本も、JAPANとさえ書いておけばかなりいい加減な書き方しても届いちゃいます。
この前読んだネットのニュースで
BIG ISSUEを販売しているホームレスのおじさんに年賀状を書いたら
「○○の路上」
で届いたという。
|「路上」の住所に年賀状が!郵便局の配達スキルがすごい|
ima.goo.ne.jp/column/article/535.html
これはすげぇ
ただ問題なのが日本→海外の場合。
日本に住んでいると「嘘でしょ?」って思うかもしれませんが
郵便物はかなりの可能性で紛失することがあります。
遅延は当たり前。
中でも、封筒系は届かないなんていうのも
ヨーロッパなんかでは多いみたい。
だから、FedExみたいな私営の配達サービスが盛んなんですよね。たぶんね。
日本から手紙を送ってくれる友達が一番勘違いしてるのは
「郵便局に行かないと送れない」
っていうことです。
でも実際はコンビニで70円切手買って、ポストに投函すれば普通に送れますよ。
日本からくるハガキでよく
「PER AVION」シールが貼ってあるんですが
たぶんこれが貼ってある人は郵便局にわざわざ行ってくれる人なのかな?
郵便局が勝手に貼ってくれるのかな。
別に貼らなくても届きます。
逆に貼りたい人は、郵便局でタダでくれるらしいです。
PER AVIONはフランス語でAIR MAILの意味。
アメリカでさえ、PER AVIONを使っているそう。なんでなのかは知らん。
ま、そんなわけで、
日本からインドネシアにハガキを出す場合、
定型であれば70円切手をコンビニで買って
ポスト投函でオッケイ。
インドネシアに限らず、世界どこでも70円。
船便の場合は60円。
グリーティングカードは
25gまでは90円切手で届きます。
封筒の場合はどこから送るかにもよって変わってきますが
例えば東京都からインドネシアまでで
25gまでは90円です。
ここで検索すると早い。
http://www.post.japanpost.jp/cgi-charge/
ちなみに定型っていうのはこのサイズで
日本で売ってるハガキとかポストカードは、まずこの規定内です。
もしこれ超えたら90円切手貼っておけばいいんですよ。
ちなみに不定形のハガキ(するめのポストカードとかあるよね)は
また結構高いので、聞いちゃった方がいいかも。
封筒は25gよりもちょっと重いかな?
って思ったら160円切手貼れば大概届きます。(雑)
日本は、届かなくても紛失されることはまずめったにないので
届かない場合はちゃんと家まで戻してくれるのでその点安心です。
|国際郵便|
http://www.post.japanpost.jp/int/service/index.html
「なんだよ、重さ分からなきゃ結局郵便局行くんじゃねーか」
と思うかもしれないですが、郵便物を扱ってるコンビニだったら
同じ事をやってくれたりするので
わざわざ郵便局の営業時間内に行く必要ないですよ。
やってくれるかどうかは完全に店舗任せなのですが
ローソンはやってくれるところ、多いです。
そんなわけで、みんなわたしに手紙を送ろう。
2014年2月3日月曜日
1年経ちました
わぁ!
もうインドネシアにきて1年経つのか!!
と、先月の26日に気がついた。
去年2013年の1月26日にインドネシアに来たのです。
正確に言えば日本に一時帰国してるので
まだ1年住んではいないのだけど、とにかくまあ1年経った。
特に1周年だからって書く事ないのだけど
最近書きたいことがあるような無いような。
それはつまり、良くも悪くも「慣れ」てきちゃったんだと思う。
ずーっと非日常だったネシアでの生活が日常化して来てる。
とびっきりなハプニングが起こるわけでもなく。
今日は、ちょっとごちゃごちゃと色んなことを垂れ流してみる
この前、facebookを辞めたって話を書いたのですが
辞めてみて2週間ほど。
私がfacebookを辞めた事に気付いてる友達が
インドネシアで1人も居ないという事にフと気付いた。
でも、これが現実だったらあり得ないことだよなぁと思う。
突然私がインドネシアから居なくなったら
流石に誰かがすぐに気付いてくれると思いたい。
それが、1週間たっても誰も気付かないってことは
ま、うちには必要の無いものだったんだな、って確認することができて
よかった。
さらに良かった事は今までよりももっと
ブログのコメントとか、メールが尊いものに思えて嬉しい。
コメントも、メールの数も
手軽なfacebookに比べたらもちろん全然少ないんだけど
なんというか
自分の書く言葉とか、自分に書いてもらう言葉ひとつひとつの価値が高まったように思えて
いい感じ。
ちょっとずつ断捨離断捨離。
それから、話は変わって
最近日本語を教える事が多いのだけど
教えながら、質問されても「!?」となることが多くて
頭が爆発したので、ひとまず超基本的な事を整理しようと思って
品詞をあげてみて、活用形のあるなしを確認してみたら
こんなことになった。
私はこんな面倒かつ複雑なことを義務教育のうちに覚え
それを日常生活で使いこなしているのかと思うと
人間って強制されたらなんでも出来んじゃないのか
という気になりました。
私は活用形覚えるのが大好きだったんですけど
こうやって表にされると、
把握はしやすいけど圧倒的絶望を覚える事に気がつき
勉強中の英語とインドネシア語を表にするのを可及的速やかに辞めた。
それから、
いつも記事の下にでている
Google+1 と Twitter と Facebookボタン。
たまにどなたかが押してくれてすごく嬉しいんですけど、
これって、うちがfacebookとかtwitterとリンクさせてないと
意味ないんですかね?
もし意味がなくても、押してもらったら
私が単にすごくほっこりします。
これからは
ほっこりボタンと呼ぼう
↓
2014年1月28日火曜日
100,000年後の安全をデザインの視点で観てみる
放射能処理施設に関するドキュメンタリー映画「100,000年後の安全」が
2月10日まで無料で視聴できるってことで観てみた。
私はドキュメンタリー映画ってやつがあんまり好きじゃない。
ドキュメンタリーっていうのは
「事実の記録に基づく作品」のことをいうらしいのですが
撮影したり、編集したりしてる時点で
それはもうドキュメンタリーでもなんでもなくね?
っつーか事実って一体なんやねん。
って思っちゃっうのですが
必要か不必要かと言われれば、記録として必要だとは思う。
でも、そいじゃぁ「記録」って一体なんやねん。
便宜上、他の創作映画と混ぜないように
「ドキュメンタリー映画」って言ってるだけかもしれないけど
それでも、あんま好きじゃない。
ま、とりあず今回はそんな話がしたいんじゃなくて
デザインを勉強してきた身としては
「100,000年後の安全」を観ていて、私的にすごく興味のそそられることがあった。
この映画は、
フィンランドにある、核燃料処理施設「オンカロ」についての話で
オンカロの関係者や、核燃料処理における法律に関わる人などのインタビューなんだけども
その中で
「約100年後に完全封鎖されるオンカロを、どうやって未来に残すか」
という話題の中で
・興味を持たれて掘り起こされたら危ないので、人々に完全に記憶から忘れ去られるように処理する
(まるで何もなかったかのように、もとあった景色に戻す)
・ずっと先の世代まで、警告を続ける
という二つの案があったんですけど
後者の「警告」は
世代ごとに、次の世代に分かるような形で常にアップデートしていくのは難しい。
途中で一度人類が何かしらの理由で(人類滅亡とか、氷河期とか、戦争とか)
アップデートできなくなる可能性が充分あるから。
そうすると、アップデート無しに、
言語も文明も違うであろう10万年先までの後世にどのようにして残していくか。
っていうのが大切になるわけで。
というのは、10万年たたないと、使用済み核燃料は無害にならないそうなので
10万年よりも前に人類がこれを掘り起こしたりしないようにするために
どういった警告をするのが有効か?という話。
その中で二つの案がでたんですね。
1、マーカー(言語に頼らないサインのような表示を残す)
2、本能的に拒否反応をしめすような場所にする(立ち入りたくないと思わせる)
っていう2つ。
マーカーっていうのが、いわゆるサインのようなもんですね。
![]() |
| こーゆうね。 |
10万年先まで残るとはとても考えられないので
石とか鉱物に、なるべく普遍的な表現で彫って残すっていうやり方が
今のところ有効だと考えられているそう。
![]() |
| こういう標識のような 石で出来た簡易のモニュメント。 と |
![]() |
| もっと詳しく説明が書いてあるキオスク。 |
10万年先は、今よりももっとテクノロジーが発展しているかもしれないし
また、原始人のような生活をしているかもしれないから
データのようなものは記録物としては不安定だということ。
なんか、面白いっすよね。
こんだけテクノロジーが発達したのに
後世に「誰もが分かる普遍的な形で警告」を残す方法が
石器時代と全く変わらないわけですから。
今使われてる言語なんて、役にたつかどうか分かんない。
マークだって、そう。
皆知ってる放射能マーク。
「知識」があるから"放射能"だ
って分かる訳で、
その知識がなければ、恐らくなんもわかんないわけです。
もちろん、こういう標識とかサインっていうのは
そりゃあもうエラくて頭のいい人たちが考えてるわけで
(ちなみに放射能マークは1946年にカリフォルニア大学の研究室が考案したそう)
なるべくして、普遍的に色んな人種の人が共通の認識でこれを危険だと
感じられるかどうかってことで、これになったのは分かるんですけど。
黄色と黒の配色が本能的にこれを危険だと感じるのもわかるんですけど。
10万年後に、色を塗料かなにかで残せるかって言ったら
まぁ残せないだろうし
この記号が「イコール 放射能もしくは危険を感じるもの」って分かってもらえるのも
無理だと思う。
マーカー・サインの類いは、洗練されすぎちゃうと
長期的には「普遍なもの」にはならないそうです。
それきくと、今まで習って来たデザインって何だったんだろ
って色々ふっとびます。
2、の本能的に拒否反応をしめすような場所にする
っていうのもなかなか
面白い案だった。
![]() |
| http://ratical.org/radiation/IntoEternity/MichaelMadsen.html |
私なら絶対見てみたくなっちゃうなぁ。
上は、ランドスケープを「恐怖・危険性」を与えるものと想定しているわけですが
エドヴァルド・ムンクの「叫び」も
ネガティブな感情を率直に示しているっていうことで
候補に上がってるそうです。
「危険性」を普遍的に伝えられることは
翻せば
高い「安全性」に繋がる訳で
なるほどな〜と思う訳です。
私がもし超未来に生きていて
この場所を発見したとして、
「この場所を掘り起こさない」ようにするために有効な手段は
この中では、ムンクが一番だと思う。
でも私は今までアートが「普遍的なもの」とは考えた事がなかったので
なんだか色々揺れてます。
大学の授業で
「10万年先の人類分かる形で"危険"を知らせるデザインを考えろ」
とかあったら、面白いのに。
先生が評価に困っちゃうけど。
「後世に残したいデザイン」
はたくさんあるけど
「後世に残したくないモノのためのデザイン」
っていうのは世界の著名デザイナーが束になっても難しいだろうなぁ。
面白かったです。
2014年1月23日木曜日
咲き織
あたしは、おばさんが好きだ。
なんで好きなのか分からんが、おばさんが好きだ。
ちなみに、おじさんも好きだ。
世間一般になぜおじさんとおばさんが嫌われる存在なのかが私にはよく分からないのと同じく
私がなぜおじさんとおばさんが好きなのかがよく分からない。
私の人生は、色んなおじさんとおばさんに支えられている気がしてならない。
色んな素敵すぎるおじさんとおばさんに出会って、
有り難い事に交流させてもらっている。
その中で、今日は
とってもお世話になっているおばさんの一人(おばさんとか言ってすいません)
友達のお母さん、咲き織 順子さんが、
今度東京ドームの「世界らん展」でワークショップをやるらしい。
この方は織物作家で、古い着物を裂いて折る
咲き織り(通称は裂き織りとよばれるのだが、順子さんはこう呼ぶ)の先生。
私は順子さんも好きだし、咲き織りも好きだし
花も好きなのだが
行けそうにないので、書いておく。

咲き織教室(咲き織順子さんの教室)
http://sakiori-junko.com/
世界らん展
http://www.jgpweb.com/
世界らん展ワークショップスケジュール
(順子さんのワークショップは2月17日にやるそうです。
"らんのランチョンマット"。らんのランチョンマット。2回言ってみた。)
http://www.jgpweb.com/highlight/interaction/workshopschedule.php
毎年4月頃には、咲き織展という展示会を横浜で行っていて
私は高校生の頃からほぼ毎年遊びに行かせてもらっている。
去年もインドネシアに居て行けなかったが、今年も行けない。
「人生の何かの糧になるかもしれないから、お教室にいらっしゃいよ。」
という温かいお誘いを頂いて、
順子さんの大変なご好意で保土ヶ谷(横浜の横)のお教室に
一年間通わせてもらっていたのだが
織物、面白いっす。
平均年齢は私から見たら全然高めで
私の次に若い人となると私よりもひとまわりは上の方で
さらに次に若い人となると、私よりもふたまわりは上の方
と、なる。
インドネシアに来る前には
生徒さんが送別会まで開いてくださって、
おじさん・おばさんに飲みに連れて行ってもらう事はあっても
平均年齢60歳超えの飲み会はなかなかない。
私としては、ここまで心地よい環境はそうそうなくて楽しかったです。
でも皆さんが優しくしてくれたおかげで、私の一年間の教室は
とても楽しく過ごせました。
咲き織って
全然思ってもない物ができるんですよね。
もちろん、先生はこれがコントロールできるわけなんですけど。
私はまだまだ全然出来ないんですよね。
織物と言えばもちろん縦糸と横糸が合わさって色が出てくる訳ですが
色の計算が得意な私でも
糸じゃなく布、つまり線ではなく面を使う事で、
その計算がいい意味で全然狂っちゃうんですよ。
一年間で多分6本くらい布織りましたけど
最後までこの計算が合う事はなかったですね。
すげー考えて経(縦)糸張って
すげー考えて布選んでも
あれ、なんだこれ っていうものが出来たり
今日は心を無にして、ひたすら織り続けたいからと
何も考えずに余った経糸を色の組み合わせ完全無視で織ったりすると
あれ、なんだこれ すげーいいじゃん
っていうのが出来る。
順子さんが元々服飾のデザイナーをやっていたこともあって
織った布は、洋服に仕立てるのです。
で、仕上げる服によって、布の詰め方を変えたりするんですよ。
そうすると、
前回と同じ布、同じ縦糸使ってるのに
こんなに柔らかさとかテクスチャー変わるんだ
って思ったり
毎回毎回、何かしら新しい発見があって面白いんですよ。
言ってみれば、
いわゆる
「おばさんの趣味教室」
じゃなくて
もっとクリエイティブなものを生徒さんが順子さんの下に作っていて
私は、すごく楽しかった。
なんていうか
この教室で1年間勉強させて頂いて思ったのは
咲き織って皆平等だなぁ
と思いました。
26の私と
50、60、70、80のおばさんたちが一緒の教室でやっていて
皆それぞれ違う色彩センス、ファッションセンスを持っていて
価値観も全然違うはずなのに
毎回他の生徒さんが仕上げる布を見る度に
「そーか、この組み合わせかっちょいーな」
とか思う訳ですよ。
普通だったらちょっと考えられないですよね。
20代の人が80代の人の価値観を尊敬できるっていうのは。
でも、それが成立するのが面白い。
基本的に織りは織物と自分との一対一だけど
順子さんが
「ここにこの布入れてみたら」
って言われて
心の中で
「えっ、この色?」
と思うんだけど、やってみると、
織物のパッと印象が良くなるんですよね。
あれがすごいと思う。
さすが先生としか言えない。
私がお教室に通わせてもらっていたときに織った布の写真が
ちょっとあったので
アップップ
| これは最終的にベストにしたんだったかな。 たしか着物の裏地を使ったような気がします。 布自体は薄いけど固くかったんだけど 出来上がったらすごい柔らかくなった。 |
| これは緯糸(よこいと)の糸をカラフルにしたやつ。 ひとつ上の写真が経糸をカラフルにしたやつんだけど 全然印象違う |
| これはまさに布を入れているところ。 経糸の違いで全然色がかわってるのが面白い。 |
咲き織順子先生の
咲き織教室
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
〒240-0022 神奈川県横浜市保土ケ谷区西久保町83
TEL/FAX 045−333−2102
JR保土ヶ谷駅西口より徒歩6分 相鉄線 天王町駅より徒歩6分 時間
AM10:00〜PM3:00
http://sakiori-junko.com/
facebookを辞めました

思い出が5年分つまったfacebookをやめるのは
ちょっと勇気がいった。
ほんとにやめたばかりなので、
スッキリした開放的な気持ちと
5年間の思い出をボタンひとつで一瞬にして消し去る悲しさとで
なんか、文字を書きたい気分なのです。
最近はLINEの普及もあって、facebookの人気はいまいち伸びていないような気がしますが
基本的にスマートフォンを持っていないと使う事ができないLINEは
ガラケー派の私には使う事ができず、
facebookを娯楽としても、仕事の連絡としてもほぼ毎日利用していました。
私がfacebookを始めた2009年の3月には
日本の友達は誰もやっていなくて、facebookと言っても通じなかったくらいです。
SNSはmixiが落ち込んできていたくらいかな。
今、誰もが知っているfacebookが、
たかだか5年前に知っている人がいなかったなんてなんか不思議です。
今じゃ、私の親父(60歳)でさえやっているというのに。
基本的に実名での利用を推奨しているfacebookは
自分のプライバシーを守ろうとする日本では流行らないと言われていたそうです。
そんな米facebookが日本語版のfacebookを公開したのが2008年5月19日。
私が始めたのが2009年の3月。
日本で突然流行り始めたのが2010年の10~12月頃だそうです。
私が始めたきっかけは、
大学のプロジェクトで学生20人ほどでインドネシアに行きワークショップをやったんですけど
その時に、インドネシアっていうのはfacbeook利用者数において
世界で圧倒的ナンバーワンだったんですね。
なので、facebookに登録して連絡を取り合おうということになり
そのときのプロジェクトのほとんどの日本メンバーがfacebookを始めました。
そのときは、私たちの身の回りにfacebookをやっている人も居なければ
解説しているサイトもほとんどなく
やり方がよく分からなかったんです。
今はあたりまえになっているタグ機能も、シェアも当時としては画期的なものでまだ珍しかったんです。
逆にいえば、まだ全然発展していなかった日本のfacebookというのは
全くもって使い方が不明瞭なものでした。
そのうち私たち日本チームは、私生活の忙しさに追われて
facebookを使いこなす事もできず
だんだんfacebookをやらなくなってきたんですね。
私も例に漏れず、日本で爆発的に普及し始めた2010年の年末まで
約1年くらいログインせずに放置していました。
それから、facebookが流行り始め
私も、他のメンバーも
前から使っていたアカウントを復活させて
皆と同じようにfacebookをコンスタントに使い始めるようになったんですね。
もともと、
「遠い地インドネシアのメンバーと、ずっと繋がっていたい」
という、すごく小規模のつながりでやっていたうちは、すごくよかった。
インドネシアという遠い土地の出来事がいつも写真で確認できて
それはすごく不思議で魅力的な体験だったんです。
「髪の毛切ったんだー!」とか、
そんなひどく日常的な外国の私生活が知れるなんて
本当に面白かったんですよ。
外国だけじゃなくて、
ずっと連絡を取っていなかった人と繋がれたりだとか
実家に帰ってしまった友達の近状を見る事が出来るだとか
本当に、純粋にfacebookが提供したいサービスの形そのままに利用していたんです。
じゃあ、何故やめたのか。
ま、疲れました。
facebookをやっているひとで、よく聞くのが
「あんまり仲良く無い人から申請が来たけど
断ると雰囲気悪くなるから申請許可するしかない」とか聞きますが
私の場合、これは当てはまらなかったです。
コミュニティを絞りたかったので、特に仲の良くない人からの申請は
私は全部拒否してました。
それから知らない人からの申請は絶対に許可しないとか。
その辺をやってたことで、特にトラブルもなく
日本に居る間は楽しく利用していたんですけど。
twitterもmixiも1ヶ月くらいやってやめたことのある私ですが
この辺の調節がきくのがfacebookのいいところで、細かく設定することで
自分のニーズにあった使い方が出来てたんですね。
それがインドネシアに来てから難しくなった。
一度会って、喋った人からは必ず申請がくる。
外国という土地に住み始めて、
受け入れてくれる現地の子を、嬉しく思わないはずがない。
だから本当に話した事のある子は許可してたんです。
でも、ネシアで新しい人と喋るっていうのは
毎日毎日起きる事なので、毎日のようにどんどん友達リストが増えて行く。
そして、その「一度しか会った事の無い人」が
次に会ったときに、私の近状を知っているっていうのが
どんどん積み重なって、プライバシーが侵害されてくる。
日本のように他人のプライバシーを守ろうという感覚が全くないので
なんとなく一緒に撮ったなっていう写真も、
いつの間にかアップされて、タグ付けされて、私の知らない人からコメントが残されて行く。
そうすると、だんだん監視されているような気になってきて
苦痛になってしまいました。
いつ、どこで、だれと何をしていたかっていう5W1Hが
基本的には友達リストに入っている人全員に知られてしまうんですね。
今回、
「うわーこの人怖いから1回私の個人ページの規制かけよう!」
っていうプライバシーが犯される危険を感じる出来事があって、
規制をかけたのですが
共通の友達のページとかで簡単に見られちゃうんですよ。
なので、公開範囲の変更とかもしてみたんですけど
完全に非公開にするのは無理だったので
思い切ってこれを機にやめることにしました。
インドネシアに来てから何度か
facebookをやめようって思うきっかけがあったのですが
今までやめられなかった理由が
写真とか、コメントとかっていうのが
facebook上に5年分積み重なっている訳ですよ。
5年分っていったら結構なものです。
写真は1000枚近くあったり友達の数は100人も200人もいるわけですから。
そんなに思い切ってできなかったんですね。
私にとって一番大切なのが、「メッセージ」っていう機能で
いわゆるメールボックスなのですが
手紙が好きな私は、電子文章も同じように大切にしていて
それがどうしても切るにきれない大きな理由でもありました。
でも、「一般アカウント設定」のと「facebookデータをダウンロード」から
データが保存できることを知りまして
それを利用して、メッセージと写真の保存をしてから
アカウントの利用解除に踏み切りました。
![]() |
| メッセージはhtm形式で保存されました。 テキスト一人一人テキスト保存するのはあまりにも手間だなぁと思っていたので 良かった。 |
facebookについてなんか長々と書いちゃったんですが
それだけ私には大事な「思いで」だったんですよね。
多分、日本で使い続けていれば、こういうやめ方はしなかっただろうなと思います。
秘匿性のある日本人が
シェアすることが大好きなインドネシアでfacebookを上手に使うっていうのは
難しかったかな。
日本って、なんでわざわざ独自の携帯電話システムもってるの?
海外行くとき汎用性がなくてホント困るんだけど。値段高いし。
と今までずーっとイライラと
このプライバシー問題に、繋がって来る気がして
日本独自の携帯電話システムは、国民性に合っているのかもしれないと思うのが
外国・インドネシアのメールシステムを使っていて思いますが
これはまた今度書こうと思います。
まだやめたばかりですが
仕事のメールのためにfacebook開ける度に
お知らせのチェックを確認したり、友達申請のリスト見て
確認したり許可したりする手間が無くなったので
気持ち的にはすごくスッキリしています。
そもそも「情報が多過ぎて見ていて疲れる」という理由でテレビも持っていない私には、結局これが生活・性格にあっていると思う。
facebook、5年間ありがと〜!
あなたで遊んだ日々は楽しかったです。
2014年1月21日火曜日
写真を撮る人
ネシア人は、自分たちの写真を撮るのが本当に大好き。
スーパーナルシスト。
もーーどこでもとにかく撮ってる。
日本人も結構撮るとは思うのだが
インドネシア人っていうのは、すっごいポーズ決めて撮るのが特徴的。
こっちが見てて恥ずかしくなるくらい
自分のポーズを皆が皆持ってる。
そして全然格好ついてない。
なんか全体的に古い。
いや、いいのだけど。
日本のプリクラ文化も言ってみれば同じようなものなんだが
公の場でこれをするのと、箱の中でするのとでは
やはり違うもの。
こっちが見たくなくてもどうしても視界に入るから。
私がイラついてるのは
観光地でこれをやられること。
もう本当に、ボロブドゥールに行った時は目に余る物がありました。
場所に着くなり写真を撮って
それを見ながらあるいて、
良い場所があったらまたそこで撮って、歩く。
その繰り返し。
つまり、ボロブドゥール見てない。
「見てないなら帰ってくれよ!泣」
と、叫びたい。
自分を写真撮るだけに来たようなもんで
あとは、その辺でぼ〜っとしながら撮った写真を加工したり
そのままアップロードしたりして
それが終わると帰るのだ。
写真の楽しみ方はひとそれぞれだから
私があーだこーだ言える事ではないのだけれど
あまりにもあちこちで撮っていて、
その度に遮らないように待ってあげなくてはいけないのだ。
それが本当に嫌。
しかも大抵長い。
観光なり、鑑賞なりの邪魔を本当にコンスタントにされるので
マジでムカつくのである。
スーパーナルシスト。
もーーどこでもとにかく撮ってる。
日本人も結構撮るとは思うのだが
インドネシア人っていうのは、すっごいポーズ決めて撮るのが特徴的。
こっちが見てて恥ずかしくなるくらい
自分のポーズを皆が皆持ってる。
そして全然格好ついてない。
なんか全体的に古い。
いや、いいのだけど。
日本のプリクラ文化も言ってみれば同じようなものなんだが
公の場でこれをするのと、箱の中でするのとでは
やはり違うもの。
こっちが見たくなくてもどうしても視界に入るから。
私がイラついてるのは
観光地でこれをやられること。
もう本当に、ボロブドゥールに行った時は目に余る物がありました。
場所に着くなり写真を撮って
それを見ながらあるいて、
良い場所があったらまたそこで撮って、歩く。
その繰り返し。
つまり、ボロブドゥール見てない。
「見てないなら帰ってくれよ!泣」
と、叫びたい。
自分を写真撮るだけに来たようなもんで
あとは、その辺でぼ〜っとしながら撮った写真を加工したり
そのままアップロードしたりして
それが終わると帰るのだ。
写真の楽しみ方はひとそれぞれだから
私があーだこーだ言える事ではないのだけれど
あまりにもあちこちで撮っていて、
その度に遮らないように待ってあげなくてはいけないのだ。
それが本当に嫌。
しかも大抵長い。
観光なり、鑑賞なりの邪魔を本当にコンスタントにされるので
マジでムカつくのである。
| 写真をとって |
| 歩きながら鑑賞 |
| また写真を撮る。 |
「 マ ジ で 帰 れ !!」
と、心が狭いので
だんだんとイライラしてきてどーしようもなくなるので
最近は、イライラしなくなるいい手はないかなと探っていたところ
写真を撮ってる人をさらに撮る事で
このイライラを沈めようと頑張っている。
どうせ待たなくちゃいけなくて
なんか変なポージングを見てないといけないなら
その時間にうちも撮ってやろうということなのです。
あれです、
だんだんとイライラしてきてどーしようもなくなるので
最近は、イライラしなくなるいい手はないかなと探っていたところ
写真を撮ってる人をさらに撮る事で
このイライラを沈めようと頑張っている。
どうせ待たなくちゃいけなくて
なんか変なポージングを見てないといけないなら
その時間にうちも撮ってやろうということなのです。
あれです、
昔日本人が
写真を撮られると魂が抜ける
って信じていたのと同じように
写真を撮る事で、
このイライラを写真に封印しようという計画なのです。
これがなかなか効いている。
アメリカ行くと、美術館でよく見るのが
作品のキャプション(作品について説明してある短い文章)ばかりを見ていて
作品全然見てない人ばっかり。
キャプションを1分かけて読んで、
作品は5秒しか見ない人が多い。
って信じていたのと同じように
写真を撮る事で、
このイライラを写真に封印しようという計画なのです。
これがなかなか効いている。
アメリカ行くと、美術館でよく見るのが
作品のキャプション(作品について説明してある短い文章)ばかりを見ていて
作品全然見てない人ばっかり。
キャプションを1分かけて読んで、
作品は5秒しか見ない人が多い。
「作品見ろよ!泣」
と思うが、
これも個人の自由なので私がどーこーいえることではないが
と思うが、
これも個人の自由なので私がどーこーいえることではないが
心の中ではそう思っている。
これは鑑賞の邪魔になってるわけじゃないから別にいいのだけど。
ネシア人は共有するのが大好きで
そこに行って、その場の空気とか、本物を見ることに
価値観を置いてないような気がする。
そこに行ったよっていう、証拠・記録としての写真を
共有するためだけに撮る。
動物園に行っても、しょっぱなからレンズを通してしか動物を見てないし
写真撮り終わったら次の動物に行く。
そういうのが、どうしてもイラついてしまうのです。これは鑑賞の邪魔になってるわけじゃないから別にいいのだけど。
ネシア人は共有するのが大好きで
そこに行って、その場の空気とか、本物を見ることに
価値観を置いてないような気がする。
そこに行ったよっていう、証拠・記録としての写真を
共有するためだけに撮る。
動物園に行っても、しょっぱなからレンズを通してしか動物を見てないし
写真撮り終わったら次の動物に行く。
・・・いいんだけどさ!!(怒)
写真を撮るのが趣味な人は別にいいんだけど
あまりも大多数がそうだから、目に余るんだよ!!ぐっ
写真撮ってるせいで近くで見たい物が見れない時だけは
本当に腹たつ!!
| キノコ専門レストランに行ったとき 行列を作って皆キノコと写真撮ってた。 私はキノコが見たいのに、写真に写っちゃうから 間近で見れないのだ。 ・・・その家族写真、意味あるの!? ムカー!! |
2014年1月18日土曜日
南バンドゥン旅行記
この前の写真でもちょっと出ましたが
今回私と友達を車で連れて行ってくれたのがこのメンバー。
| 左から アリー ジワ ウパイさん。 |
ジワだけが、唯一仲のよい友達で
アリーは2回しかあったことなくて
ウパイさんは今回初めて知り合った。
そんな仲で旅行に行くのはインドネシアでは珍しくない。
ま、この旅行で結局皆と仲良くなれたんだけど。
この前書いた Kawah Putih ですが、行くまでの道の渋滞が酷かったけど
山に上り始めた瞬間に、パッと景色が変わりました。
東京から山梨に出るような感じに似てる。
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| このジャングル感。 |
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| 木はやはり良い |
| バンドンのダウンタウンのクッソ汚い空気じゃない 綺麗な空気を久しぶりに吸いました。 プハー! |
別の湖である Situ Patengan に行って、
そこで1時間くらい原っぱの上でお昼ねしました。
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| 寝転がると 視界に雲しか入らない。 日本では、田舎に行ってもそういう場所は少ないと思う。 |
お昼寝は皆します。
原っぱでのお昼ねは格別ですな。
この日はネシア人でない私も朝早かったのでぐっすりお休みました。
そしたら雨が降ってきて、小屋に一時避難。
ござを広げると同時に、ネコが私の座ろうとしていた場所を陣取ったので
このくそと思い
お菓子を頭に乗っけてやるも微動だにしない。
| こ…子憎たらしい |
なんだこいつはと思い、
サンダルを乗せると、なんだか寿司のようだ。
サンダルを乗せると、なんだか寿司のようだ。
| なんか置物のよう |
そこから雨が少し弱まってきたので車に乗り込み
最後の目的地、温泉へ。
この頃には土砂降りで
大変なことになっていた。
普通に寒い。
この写真は帰る直前に雨がやんだところなのですが
実際は山の雨なのですごく冷たくて、まじ寒かったです。
この旅行の後、結局皆風邪ひいた。
皆で雨が止むのを待ってみたけど一向に止む気配がないので
思い切って持って来た半袖に着替えて
温泉に飛び込んだ。
傘を差しながらの入浴。
なかなかオツなもんです。
みんなでインスタントの砂糖たっぷり生姜ティーを飲み
借りたバンガローの中で暖をとる。
雨が止んできたので帰路につく。
この時5時すぎだったけど
7時までは、渋滞が酷いので夕飯を食べて時間を潰す。
インドネシアの渋滞というのは本当に酷くて
日常的に、車が全然進まない渋滞がよく起こる。
レストランの前に広がる苺畑。
正確には畑ではないのだけど。
一個一個の苗がポット(正確にはビニール袋)に分けられていて
土に植わっていない。
なんでなんだろう。土が悪いけど、土地はあるぜ。って事なんだろうか。
でも、この地で育つってことは、土も適してるんじゃないのか。
それとも、適度に育ったところを袋のまま売る用なのか
……わからない。
夕飯は皆で沢山いろんなものを頼んだ。
ご飯はNasi Merah。
まぁ、お赤飯っていうところですね。
ここのテンペ(大豆を発酵させた食べ物。揚げたり煮たりする)が、色んな野菜が入ってて
すごく美味しかった。
インドネシアの食事っていうのは
基本的にものすごく量が少ないっていうのと
食事中に会話するのをあまり良しとしない文化なので
あんまり楽しくないんですよ。
でもジワはいつも何か話しかけてくれるので
ジワがいると食事は楽しい。
それに
皆で一緒のものを食べるって言うのはすごく好き。
日本だと、飲みに出かけると普通は皆で色々注文して
取り分けて食べるから普通の事なんですけど
インドネシアは飲み会らしい飲み会っていうのがほぼ無くて
あっても、各々でそれぞれの注文をとることのほうが圧倒的に多いので
そんなに機会は多くないんですよね。
とにかく寒かったけど
楽しかったです。
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