「再始動します。」
の記事の中で、わたしはこう書きました。
わたしは、日本に本帰国して9ヶ月なのですが、
9ヶ月とは思えないほどにぎゅっと詰まった時間で、
それは「充実した」とか「長い」とかいう表現とはまた違い、
ただただ、9ヶ月には思えない時間だった、という風にしか表現できない。
これは、何だったんだろう?
と考えていると、この1週間で言語化できたように思うので
書いてみます。
それは例えば
1週間を、1週間として感じられる。
そういうことなんだと思います。
楽しい時間は早く過ぎるし、
辛い日々は長く感じる。
だけど、今は、1日を1日としてしか感じない。
1ヶ月が過ぎると、「ああ、1ヶ月だったな」と思う。
向こうに居た時は、いつも早すぎたり、遅すぎたりしていた。
そして振り返ってみると、
人はたった2年間という期間で
これだけのことを体験できるのか、と思える程
2年には思えない、2年だった。
そして、今、9ヶ月が9ヶ月でしかない。
それが、良いのか、悪いのかといえば
わたしにとっては悪いのだと思う。
自分次第で早くも、遅くもできる時間の流れを
ただあるがままに享受しているだけのような気がしてしまう。
ネシアには
「Jam karet」という有名な言葉があって、
「時間はゴム」という意味です。
これは、時間に非常にルーズなネシアの時間に対する考えを表していて
外国人が彼らのスタイルを形容するのにもよく使われます。
これは、ジョーク的に、
彼らは肯定的に、そして自虐的に
でもやっぱりネガティブな意味で使われるのですが
まわり回って、今のわたしには
妙に腑に落ちるのです。
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Jam karet. 毎日が中学生の時のような流れで進んでいた時。 手前左からMia、後ろがKijing、真ん中の坊主がJiwa。 真夜中にいい大人がなにをやってたんだろ。笑 |
7 件のコメント:
先週、わたくしはインターンシップ学生につきっきりで忙しい時間が、あっという間にすぎてしまいました。多々変化があると、時間は早くすぎるのか?それとも、単調に変化がないと早くすぎるのか?。自分自身よくわからなくなっているこの頃です。(笑)時間はゴム。言い得て妙です。
そうでしたか。
ワークショップ、お疲れさまでした……!
今思うと、
昔の自分もそうですし、
周りの人たちにとっても、
いつも時間は早すぎたり遅すぎたりしているようなのです。
なぜかピッタリタイムを生きている人は少ないように思えるのです。
shuさんのおっしゃるように、
「楽しい時間は早く過ぎる」といいますが、「1週間とは思えないほど濃密で楽しい時間だった(=普段の1週間よりも長く感じた)」なんてことも言いますもんね。
同じ楽しい感情なのに、不思議ですね。
kurosさん その日その日を大切に生きないといけないのでしょうね。チューコーネンになって気づいた。笑
私も全然実行できていませんが……笑。
そういえば、最近どこかでこんなニュースを聞きました。
「寝坊した時や、休日遅くまで寝てしまったときに、"ああ、時間を無駄にしてしまった……"という感情は、罪悪感だと思われていたけども、脳科学的には優越感を味わっている」とのことです。(ソース探してみましたが見つからず……。)
時間の無駄も楽しめるからこそ、人生なんでしょうか……?と、都合の良い解釈をしてみます(笑)
罪悪感が優越感とは!。それは面白いですね。会社の認知科学者の人にも聞いてみよう。
認知科学者の方からのコメント、是非私にも共有してくださいね!
私のあやうい記憶なので、聞き間違いの可能性もかなり高いのですが……!! 無責任でごめんなさい。
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