2014年9月1日月曜日

パンダの結婚式 その2

結婚式スケジュールからいきましょう。


AM 7:20
泊まらせてもらっているミアの家から車で出発

AM 8:00
誓いの儀式、Akad Pernikahan がスタート

AM 9:00
Akad が終わり、
出席者は朝ご飯にありつきます。
新郎新婦は結婚式に向けてお色直しへ。

AM 11:00
結婚式スタート

PM 0:00
一通りの儀式を終えると
出席者がお昼ご飯を食べながら談笑するのと同時に
舞台上に出席者があがり、次々に新郎新婦にSalam(握手してお祝いの気持ちを示すこと)していきます。

PM:00
結婚式終わり

といった内容。



日本の結婚式に参加したことがないのでなんともいえませんが
朝8時から始まる結婚式は、そうそう無いじゃないでしょうか。
ネシアは、イベント事がとにかく朝早いか遅すぎるかのどちらか。

というのは、お昼だと渋滞がひどいのと
雨期にはほぼ毎日降る雨がスコールのようになって交通網が麻痺するためです。

私は朝早く起きた事と
感動して泣きつかれたことと
腹一杯に美味い飯を食ったことと
新郎新婦とご両親へのSalamをし終えて安心したことで
完全にオネムになってしまい
12時半頃から、別の部屋のソファでぐっすり寝こけてしまい
せっかく新郎新婦が舞台から降りて友達と談笑できる時間に
私は安らかに眠りについていました。
式が終わる直前にDeddy先生に起こされるまで
スヤスヤ……スヤスヤ……
色んな大切なイベントを見過ごした気がします。笑
パンダ、寝ててごめん!

とりあえずお祝いの儀式は別記事にしたいので
今回は式の雰囲気が分かる写真を載せたいと思います。

ちょいちょい食べ物に心が惹かれて
食べ物の写真がはさまります。
会場の規模はこんな感じ。
決して大きくはないですが
立地を考えると充分すごいと思います。
会場がいっっっっぱいの人で溢れかえっていました。
式場の入り口。
デコレーションの形は一般的だと思いますが
布のデザインとか質に品があって素敵。
会場入り口
記帳などをする場所になります。

前にアップした、ハイアットホテルでの結婚式のレイアウトにちょっと似てますね。
ワンランク、ツーランク上のデコレーション。
日本で花輪を送るように、ネシアでは定番なコレ。
上半分がお祝いの言葉、
下半分が誰からなのかを示すもので、
お花で飾ってあります。
普通1つか2つあるのですが
今回、30近くあったと思います。
一番目立つところに置かれたこの花看板はネシアの銀行から。
フ~~!
あたしも人生に一度で良いから銀行から個人宛に花輪を送られたい。
式場入り口。

パンダとハキムさん(お父さん)の昔の写真。
右は日本です。
パンダは小さい時に日本に住んでいました。
髪型が日本の子供って感じでかわいい。
20年後に彼がボブマーレイ並のドレッドヘアになるなんて
この頃のハキムさんは想像しなかったに違いない
Akad Pernikahanが始まりました。
写真中央に見えている、白い服を着ている後ろ姿がパンダです。
Akad についてはまた次の記事で。
ご飯はバイキング形式で
Akadの後に、ここにご飯が並べられます。
アデルと彼氏。
いつもお世話になっております!
結婚式では必ずお土産をくれます。
といっても、
結構チープで、もらっても困るようなお土産が多いのです。
変なキーホルダーだとか
手作りのものだとか。
(とはいえ、こちらもご祝儀をあげているわけではないので
不満を言えるような筋合いではないのですが。)
でも、パンダの結婚式は綺麗に包装されたグラスで
H&P( Heldira &Prananda)とデザインされたもので
とても豪華だと思います。
透かしが綺麗なのでキャンドルスタンドに使おうかな!
ザルにしかれた花びらたち。
後で、この上で新婦が舞を踊ります。

しかし、後ろのミラーボールが気になって仕方ねぇ
誓いの儀式で真っ白の服を来ていた新郎新婦ですが
結婚式になってお色直し。
金と紅の衣装に切り替わっています。
すごくゴージャスなのに上品で
ふたりともすごく素敵でした。
かっちょいい!

さあさあ、
まじめな写真はこのくらいで
Let me show you all the photo of GOHAN!



この赤いカップケーキがすげー美味いんですよね。
たまーに売ってる所見るんですけど。
乗ってるのがクリームチーズで
日本に居る時からこれが恋しかったくらいです。




Zupa Zupa
シチューパイですね。
これも私の好物ですが、あまりレストランなどでは見られず
こういったお祝いの式の時にだけ食べる機会があります。
名前がかわいい。
ズッパズッパ。

Buah kudu palembang
ライチのような食べ物で、これはパレンバンという場所で採れたもの。
新婦のララがパレンバン出身なのです。
バンドンにもありますが、パレンバンのが特別美味しいそうです。
食べて良いよという号令が出る前に
ジャワと二人で盗んで食べました。笑
すごくあまくて美味しかった!
こういう場所にくると私が選ぶのは
価値の高い、あまり美味しくない外国の食事よりも
質の高いネシア料理を選びます。
ピラフにカシューナッツと牛肉の炒め物に
サポタフ(八宝菜)。
いやー食いましたとも食いましたとも。
もちろんこれの前にシュークリームとカップケーキを平らげてますとも。
そしてこの後にアイスクリームやらなにやら食べましたとも!

ネシアのゼリーは日本人を恐怖させるのに十分なだけの容姿をしています。
見切れている右の緑はもう怖すぎてなにがなんだか。
こういうお菓子に出会うとホッとする。

こちらは踊り子さんたち。
入場してくる新郎新婦たちを出迎え
先導する係でもあります。


とりあえず、今回はこのくらいで!

2014年8月31日日曜日

パンダの結婚式


2014年8月30日。
パンダの結婚式。

そう、その名の通り、パンダの結婚式です。
このブログを読んでくれている私の知り合いで、
インドネシアに来た事のある人は99パーセント知っているであろうパンダ。

動物のパンダではなく、パンダというあだ名の友達です。


日本語が堪能な彼は現在日本に留学中で、
婚約だけ済ませていたのですが
今回は結婚式を挙げるために一時帰国してきました。


彼についての説明は、いくらでもすることができるので敢えてしませんが、
5年前に私が初めてインドネシアに来たときからの友達で
私が今回インドネシアに住むようになるまで、
ずっと私とインドネシアをつなぎ止めてくれていた人で
私が住み始めたときも、住んでからも
ずっとずっと助けてくれていた大切な友達です。

なので、本当に嬉しい気持ちでいっぱいなのです。


ここで、一度私個人の話に戻りますと
私は人生で、4回の結婚式に出席したことがあります。
その1回がアメリカで、3回がインドネシアという脅威のネシア率。
今回で4度目となります。

そんなわけで、ネシアの結婚式は、
言って見れば、慣れっこ。
日本の結婚式は何一つ知らないけど、
ネシアの結婚式については、いくらかお話できることもあります。


でも、今回はちょっと違いましたね。

パンダが結婚するということは、すなわち
ご両親に関係する政府の人や
パンダが卒業、そしてアシスタントを勤めた大学の教授陣
そしてデザイン事務所の仲間や仕事に関係する人たち等など
とにかくもうバンドン中のインテリが集合する式になるわけです。

巨大な施設でやったというわけではないのですが
式場の場所は街の中心地にある施設で執り行い
料理の質も高く、種類もかなり多く
ギャルソンたちの接客の質もすごく高い。
すべてのクオリティが違いました。


でも今回一番よかったのは
Akad Pernikahan から参加したこと。
Pernikahan とは結婚式のことで
Akad Pernikahan は、結婚式の前に行われる、誓いの儀式で
私はこれに参加したのも、呼ばれたのも初めてでした。
(Akad は 契約 の意)
これに参加するのは、新郎新婦と深い関係の人ばかりなのです。
そこに呼んでもらえたのは、外国人としてとても誇らしく思います。


結果からいいましょう。


私は感極まって泣きました。ホロリ。


正しく言えば
ネシアの伝統的なAkad Pernikahanの形式に泣かされたと言うのが正しいのかもしれません。
他の友達はこのAkadを見てさえもいなかったので
これが一般的な形式に乗っ取った誓いの式であることは想像できます。


それが、ネシアの人々にとってありきたりでつまらないものであっても
事が形式化するには、そこに至るまでの
「この形が誓いの儀式にふさわしい」
という思いがあって出来上がったものだと思うので
初めて見た私を感動させたことには充分納得がいきます。


ま、私結構何見ても感極まって泣くんですけど。ね!


パンダの結婚式はアホほど写真を撮ったので
いくつかのパートにわけてご報告したいと思います。
カメラをセッティングせずに撮ってしまったので
露出がぼろぼろでピントもあってないような写真ばかりなのですが
日本にいるパンダの友達には
嬉しい報告となることを祈っています。


Akad Pernikahanの直後のパンダとララと、パンダのご両親。

パンダはもうキョロキョロキョロキョロして
カメラを向けるとこっそり裏ピースなんかしちゃったり
誓いの言葉をちょいちょい忘れたり
座る場所間違えたりして、
落ち着きが無くて、もう男の子でしょうがない感じでしたが
ララは最初から最後までずっと
キリっと前を向いて、凛としてすごくかっこよかったです。
はやりこういうのは女性の方が強いのでしょうね。

末永くお幸せに!!!心から二人の幸せを願っています!
Selamat Menumpuh Hidup Baru!

2014年8月28日木曜日

日常


インドネシアでの久しぶりの生活は
インドネシアから日本に帰って来たときと同じように
何のギャップも無しに、あまりにも当たり前に戻ってきました。

学校へ行って、友達と会って、先生と会って
4ヶ月前にしていたことが、普通に出来ています。


インドネシア語をすっかり使えなくなっているだろうな
と思ったのですが
これも、全然問題が無く
日本に帰れば母国語が普通に話せるように
インドネシアに戻って来て、インドネシア語が4ヶ月前のレベルのまま
話す事も、聞く事も出来ていることにとてもびっくりしています。

帰って来て、空港で色々と思い返してみたときに
友達の名前はすっかり忘れていたのでかなり焦ったのですが
学校で友達の顔を見ると、ごくごく自然に名前が出てくるのも不思議でした。



日本でMACを修理に出したりして
まだ、photoshopをインストールしていなかったり
戻って来たらスキャナーが動かなくなっていたりで
ブログでやろうとしていたことが出来ないのですが
引っ越しやら入学やらが色々落ち着いたら
こっちのブログも色々やろうかと思います。




とりあえず、
それはさておき
飛行機の乗り継ぎで使った台北の空港に
面白いものがあったのでパシャリ。



お祈り部屋です。

お祈り部屋は日本以外の空港には結構どこでもありますが
私がみたことあるのは
その国の人口によって決まっているであろうもので
こういう風に同じテイストで揃えてある
3つのお祈り部屋が集まっているものは初めて目にしました。

左から、イスラム教、仏教、キリスト教 です。 …よね?
ちょうど人が居なかったので
全部開けて見てみました。

キリスト教

右に小さなドアと、牧師さんが立つのであろう場所があるので
時間によっては牧師さんが来るのでしょう。
ベンチが教会感を出している
と、私は勝手に思いました。

仏教

日本の仏教というよりも
タイで見た仏教関係の施設に似ているような。
ライトの当て方もキリスト教とは大分違いますね。
すごく素朴。

イスラム教

イスラム教は偶像崇拝が禁止されているので
キリスト教や仏教の様に
銅像類が置かれているわけではなく
壁に書かれた『 W 』のみが、神を示す唯一のものになります。
W に向かってお祈りするわけです。
(とはいえイスラム教を表すこういった ☪ ←シンボルも、
偶像と考えを同じく禁止されているのですが。

しきりがあるのは男と女をわけるものだと思うのですが
分かりません。



2014年8月27日水曜日

更新始めました


ども!
お久しぶりです。


2ヶ月ぶりの更新らしいです。


『この広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。』
が出るのが嫌なので、
更新をしてみる。

とか言ってたのはなんだったんですかね。
戯れ言でしたね。

もうね、ブログにアクセスするためのパスワード
忘れちゃってましたからね。



更新した、
ということはつまり
インドネシアに戻って来たという事になります。



多分しばらくは更新・更新で更新していこうと思いますので
またお時間がある時に
のーんびり読んでいただければと思います。


今回、新大統領が就任して初インドネシアだったので入国審査が厳しくなっている可能性があり、
いつものように片道チケットしか持たない私は結構ビビっていたのですが
何て事無く、
無事に、
バンドン再び。
です!

皆々様、またまたよろしくおねがいしまーす!

2014年6月30日月曜日

自動振り分けフォルダ




日本に戻って来て2週間くらいして
ハッと気付いた事があった。


町を歩いてると、
今まで分からなかった事が自然と出来ている自分に
気がついた。


町を歩いてる 『ガイコクジン』 が 『ナニジン』 なのかが
すげー分かる。


頭の中で、無意識に
あれはインド人、あれはタイ人、あれは韓国人…と
ガイコクジンフォルダの仕切りに振分けられる。
今までは漠然と大陸別だったあやふやなフォルダが
なにやら明確な仕切りを持ったらしい。
そしてそれは東南アジアだけがやたらと細かい仕切りで区切られているらしかった。


そうなのだ。


子供の頃、40代も50代も60代も
ぜんぶ一緒のおばさんおじさんだったのに
自分が20代の後半になった今では
それがそれぞれ明確な違いを持っていることを知っているのと同じことだ。
その存在に近づいていくと自然と分かって行く事があるんだ。



最近、そんなふうに
私はこういう小さい事から
世の中の事が少しずつ分かるようになってきたように感じるのです。

2014年6月26日木曜日

体温ぐっちゃぐちゃ



帰国してすぐの話なので
もう一ヶ月以上も前の話なのですが。
寝かしに寝かしすぎて、会う人会う人にあらかたこの話をしてしまったくらいで。



帰国してすぐ、5月の2週目の最後の方。
前回日本に戻って来た時は、真夏だったので
2回目の帰国となった今回で
久しぶりの夏以外の季節だったんですよね。
5月をなんのなんの季節と呼べばいいのか分かりませんが
とにかく、1年半ぶりだったんですよ。

インドネシアはもちろん年中夏。
だから5月の天気でも寒くて寒くて。
寒過ぎて3日くらいずーーっとフワーーっとした気持ちでした。

インドネシアでもこのフワーはよくあることで、
日光の下で汗かいて日陰でそれが冷えるので
体は暑く感じてるのに、体の表面温度がめちゃくちゃ低くなることがよくありました。
そうすると、フワーっとするわけです。


日本に帰って来てから
友達と会ったり、出かけたりしたのですが
あまりに寒過ぎて、ヒートテックきて、服きて、トレーナー着て、毛のジャケット着てたら
電車の中で完全に人目を集めてしまいました。
その時すでに、みんな半袖のTシャツが大半だったもんですから。

でも、本心としては
マフラーしたかったけど、マフラーはちょっと目立つかな
と思って自粛してたんですね。
でも、マフラーとか考えてる時点で自分が如何にヤバいやつなのかが
電車に乗ってる人の目線でよく分かりました。
どれだけ着込んでも毎日寒くて寒くて仕方なかったんです。


皆、半袖のTシャツ着て、冷たい飲み物飲んで、冷たい食べ物を食べてる中
私だけがその有様なもんですから
いとこが
「風邪でもひいてるんじゃないの」
っていうんです。
「いや、もうね、20度前後の気温が久しぶりすぎて寒いだけなのよ」
って答えるわけです。
でも、あまりにも一日中
さむい さむい へっくしゅん さむい さむい くしゅん
っていうもんだから
「体温計ったら」って言われて
「先週風邪ひいたばっかりだから、今風邪なんかひいてたまるか」
と、
いとこを納得させるためだけに計った体温。

でも、体温計を自分で使ったのが
中学生、高校生ぶりだったので
ピーの音が鳴った後に体温計に表示された体温見ても
そもそも人間の平熱というものが何度だったのかを
完全に忘れてしまっていたわけです。




「ねえ、平熱って何度?」


「普通36.8度前後かな。何度だったの?」




「38.8度」





即、寝ました。

即、寝ましたとも。


どーーーーりで、ここ3日くらいフラフラするなと思いましたよ。
前日なんて、フラフラしすぎて、イトーヨーカドーに向かう途中で足を止めたくらいです。


でもね、それが風邪、あるいは熱だと気付かなかったということはですよ、
つまりはですよ
あまりにもそれが日常的になりすぎているということですよ。

私は気付かずに、何度
あの南国で
熱を出しながら生活していたのか分かりません。


高熱が出ているにも関わらず、気付かず生活していたのに
いざ、自分が38.8度あると、
数字で、
情報で見ると
脳がやっと自覚するんですね。 面白い事に。

今まで体が「熱でてるよ!」っていっても、
私の脳みそガン無視状態だったのに

「え、38.8度はヤバイんじゃあないのか?」

って気づいたとたん突然
今まであった寒気とは違う、特有の"悪寒"がしてきて驚きました。
その悪寒の感覚はあまりにも久しぶりで、
なんていうんでしょうね、あの感覚。
芯まで冷えるっていうことなんでしょうかね。
血も内臓も全部冷えきったっていう感じになって、ガタガタ震え出すんですよ。
子供の時に風邪をひくと
こういう感覚になったことを突如として思い出しました。

一瞬、ほんの一瞬だけ、懐かしさを覚えてすこし嬉しかった。



この熱は、まる一日食って寝てポカリ飲んでいたら薬も飲まずに
すっかり治ったのですが、


1日目 熱発覚
2日目 ネル、タベル
3日目 治る


この3日目の朝、目が覚めて
なんとなく自分で、
「あ、熱下がったっぽいな」
と思い、体温を計りましたよ。
熱はすっかり下がっていました。
うん、すっかり。


35.0度。


Oh my gosh.
なんてこった。薬も飲んでないって言うのに下がりすぎだ。
4度も下がってしまった。
私は、
とてもじゃないけれど
細くて、低血圧で、体温が低くて、お弁当箱がチョコボールの箱くらいしかない
華奢なタイプではないので
平熱は(知らないけども)、スーパー平均値に違いなかったので
35度の表示を見た時、38.8度の表示を見た時よりも全然驚いた。

いやそもそも私は人間が35度で、活動できるとは思っていなかったので
とんでもなく焦り、何度も計ったけれど、35度以上いかなかった。
後で分かる事だけれども、
人間というやつは朝体温が低いらしく
さらに一時的になら33度までは下がっても正常らしい。
覚えておこう。
昔の水銀が入っている体温計は、35度までしか計れなかったけれど
今は32度までは平気で計れたりするので
いざという時に安心。






そんなわけで
自分が
体温と体温計に全くの無知だということを初めて自覚した私は
オムロンのWebサイトで正しい体温の計り方というものを覚えて
最近マメに計っています。
この日から1週間以上は体温の変化が2.5度近くあったのですが
今はかなり安定してきています。

インドネシアでいかにぐっちゃぐちゃの体温だったのかが
今、分かった。

病気をしょっちゅうするのは体温が原因だったに違いない。


2014年6月22日日曜日

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が出るのが嫌なので、
更新をしてみる。




書きたい事は沢山あるけれど
なんだか最近ブログを書く気にならないのは
忙しかったせいと、
読む方が楽しくなっているからだ。


つい一昨日まで、本関係のバイトをしていたので
たくさんの本をタダで貰えて
過去の名作を読んでいる毎日。

安倍公房を、恥ずかしながら初めて読んだのだけれど
今まで読んだ事無いくらいに
すんなり心にはまる。
こんなに好みの作家に出会ったのは初めてで
ひどく嬉しい。

しつこいくらいに
一行、一文、一語にいちいち「例え」を用いた文章が
なぜかそのまま言われるよりもしっくりくるのです。

人の口癖や言い回しがすぐにうつってしまう私は
きっと、安部公房を全巻読み終えとしたなら
相当偏屈な喋り方になるのだろうな
と思う程に
ねちっこい文章なのです。


と、いってもまだ一冊目の「砂の女」。
しかもまだ読み終わっていないのでなんとも言えないけれど
好みの作家に出会えた喜びというのは
小説だろうが、漫画だろうが、映画だろうが
嬉しいものです。

砂の女を読んでいて、この作品を
「熱狂的に好き 」
と思わないところがまた好ましい。
 熱狂的に好きな文体ではないのだけど
凄まじく自分に合う文章なのだ。
作者が言いたい事がなんの湾曲もなく理解できるという感じ。


そんなわけで、次にインドネシアに行く時には
安倍公房を買って行く事に決めた。
持って行く予定だった三島先生は現在検討中。
宮沢先生は、銀河鉄道の夜だけ持って行きたいけれど、
結構分厚くて重いので、これまた検討中。
どうせ持って行くのなら、読んでない本がいいかなとおも思う。

それから、読んだ事の無い沼正三も検討中。
家畜人ヤプーは分厚いくせに全5巻という強者なので
平行して違う本を読めない私は、
これを読んだら5巻を読み切るまで他のものが読めないというのも痛い。
なので、日本に居る間に読んでしまうという手ももちろんあるけれど
そうすると
「家畜人ヤプー」全5巻を読むべきか
それよりも先に今溜まっている読みたい本候補を読んでからにするか。
(砂の女の後には、梶井基次郎の檸檬が本棚で待ち構えている)
まあ、檸檬を読み終わってから考えよう。





楽しい悩みである。


ああ、夏の読書は楽しい。



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